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【コレクション紹介】奈良美智《A to Z Memorial Dog》

乳白色の大きな犬の優しく閉じられた目。ゆるやかな波型の口元。4つ足でしっかりと地に立ち、しっぽはまっすぐ上にピンと伸びている。正面に立ち、しばらく見ていると、ほんの少し、顔をななめに傾けているのがわかります。

美術館になる前「吉井酒造煉瓦倉庫」と呼ばれていた頃に、弘前市出身の現代美術作家・奈良美智の展覧会が3度開催されました。延べ約15万人来場者を迎え、約1600人のボランティアスタッフとともにつくりあげたこれらの展覧会は、この美術館が生まれた大きなきっかけとなっています。「A to Z Memorial Dog」は、2006年に開催された「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」展をサポートした地域のボランティアの方々への奈良氏の感謝の気持ちとして贈られたもので、設置された当初は、岩木山を望み、煉瓦倉庫を背景に屋外展示されていました。現在は来館者を迎えるようにエントランスに展示され、この美術館のシンボルとなっています。

当館はコロナウイルスの影響により4月の開館が延期。延期の間も、本作品を外からガラス越し見ることができ、マスク姿の地域の方々が覗きに訪れる中、ささやかな対応としてエントランスの照明はつけたままにしました。

とある日、ガラスについた小さな手の跡に気づきました。きっとこどもが会いに来たのでしょう。そこに手を当てて、その子の視点で見てみると、そこにはいつもと異なる作品の表情がありました。同時にガラスを隔てての作品との”距離”を身を持って感じることとなり、コロナが収束し、その子が直接見られる日がくることを祈りました。

コロナ禍の2020年6月1日、弘前れんが倉庫美術館の最初の展覧会は幕を開けました。これからも、本彫刻作品は私たちと寄り添い、変わらずあり続けます。でも、私たちや時代が変化するなか、作品から受け取る印象は変わり続けることでしょう。変化こそ唯一の永遠なのですから。

◎小杉在良(弘前れんが倉庫美術館・運営統括)
[東奥日報「アートの森」2020年9月25日掲載]

奈良美智《A to Z Memorial Dog》2007 年©Yoshitomo Nara
弘前れんが倉庫美術館蔵
撮影:柴田祥