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【レポート】弘前エクスチェンジ#06「白神覗見考」|狩野哲郎アーティストトーク&ツアー

2024年4月6日から9月1日まで、弘前れんが倉庫美術館では、弘前エクスチェンジ#06「白神覗見考」(しらかみのぞきみこう)を開催しています。

本企画についてはこちらから↓


2024年4月7日には関連プログラムとして、参加作家である狩野哲郎さんによるトークを開催しました。登壇者には狩野さんの他に、リサーチにご協力いただいた弘前大学農学生命科学部教授の東信行先生と助教のムラノ千恵先生をお招きしました。司会進行は本企画担当の宮本ふみ(ラーニング・キュレーター)が務めました。

トークは2部構成で行われました。前半は3人の登壇者の紹介と、それぞれ行なっている研究や取り組み(制作)についてお話ししていただき、2人の研究者の専門分野である「動物行動学」や「動物の世界認識」、「人間と動植物の共生」などのトピックスと狩野さんの関心事がいかに関連しているのかをお話しました。後半は登壇者と参加者全員で、狩野さんの作品を実際に鑑賞しました。

本記事では、イベント前半のトークの内容を、一部抜粋・編集してお届けします。




◾️白神覗見考イントロダクション

進行:今回は弘前エクスチェンジの第6回目のテーマとして、白神山地をテーマにしたリサーチプロジェクトを展開しています。白神山地を覗き見て考える活動ということで、「白神覗見考」(しらかみのぞきみこう)としました。まず簡単にこの白神山地についてご紹介すると、岩木山のように目立つものではないんですけど、気づくと私たちの周りをぐるっと囲っている、青森県と秋田県にまたがる山岳の総称を言います。1993年には世界自然遺産に登録され、広さはおよそ13万ヘクタールで、そのうち核心地域を含む17000ヘクタールが厳しい入山規制のもと、保護されているエリアになっています。
弘前市に隣接する西目屋村は白神山地の玄関口と言われていますが、かつてはマタギなど山に出入りしながら生活を営む人々がいました。そこでは動植物を採っていましたし、薪を切ったり、炭を作ったりしながら山と暮らしていたのですが、そういった人たちは世界自然遺産登録とともに、森から排除されていったと言えるような状況になりました。

今回のリサーチプロジェクトで作家の皆さんとともに行った関係者へのインタビューでは、核心地域の中も世界自然遺産登録当初からだいぶ風景が変わってきていて、時間の経過とともに、温暖化が進み、木が枯れ、かつてはいなかった動物たちが流れ込んできて動物の生態が変化しているというお話も聞きました。自然を保つという名目で人の出入りを制限しているけれども、時間は止められないし、温暖化も止められない。変化しながら生きているのがむしろ自然なのではないかと思うんですが、人を排除する=自然を保とうとしているというような状況になっています。
そういったリサーチの中で狩野さんは、核心地域など人の出入りが制限されたエリアではどういう変化が動植物たちに起こっているのかということをテーマにして、今回の制作に取り組みました。

狩野さんには美術館内以外にも屋外だったり、展示室以外の館内スペースに作品を設営して展示していただいています。狩野さんの作品は、私たち人間にとっては「これは作品だ」というふうに認識して見えます。しかし鳥にとってはとまり木になるかもしれないし、遊び道具として認識されるかもしれないというふうに、人間以外の生き物から見たらどういうふうに認知されるのか、ということを知る手がかりとしての作品を制作されています。
このトークでは、狩野さんがこういった作品を制作し始めた経緯から、動物たちが世界をどう認識してるのかというお話をしながら、狩野さんの作品をより深く鑑賞いただけるような機会にしていきたいと考えています。


◾️登壇者紹介


進行:このトークのゲストのお二人もご紹介します。お二人はリサーチの時にお世話になりました。まずは東信行先生です。東先生は弘前大学農学生命科学部で野生動物の保全やその生息環境の評価など、生態系をどう管理できるのかというような研究をされています。

弘前大学農学生命科学部教授 東信行さん

東:私は弘前大学でご紹介いただいたような研究室を持っているんですが、もともと子どもの頃に動物学者になりたいなと思っていました。北海道出身で今61歳なので、ゲームもなく、遊ぶものといえば外で虫を捕まえるなど、そういうなかで育ちました。高校を出てからは動物の学者になろうと思って進学しました。最初は動物の行動学というのに非常に興味を持ち、大学院まで進みました。
動物の行動学には、WHYクエスチョンとHOWクエスチョンというのがあります。WHYクエスチョンとは、「なぜ?」「何のためにこの動物はそんなことをやるんだ」という疑問で、HOWクエスチョンとは、「どのようにしてその行動をとってしまうのか」というメカニズム自体への疑問です。僕はどちらかというと前者のWHYクエスチョンに非常に深い興味を持ちました。「なぜこの動物はそんなことをやるんだ」と。つまり、どうやってその動物が進化してきたんだろうということなんです。

大学院生時代は東京に行っており、そのあたりはバブルの時期で。故郷の北海道の山もスキー場の計画や、長良川河口堰というのができたわけですね。青森もそうだと思うんですけど、生き物に直接関わるような環境問題がいっぱい出てきました。その頃から、動物が生きられる場所をどうやったら人間は維持できるのか、作れるのかという疑問が湧いてきました。それには捨てていたHOWクエスチョン(「どのようにしてその行動をとってしまうのか」の視点)が大事であることに気づきました。どうやったらこの生き物たちはここにいられるのかな、誰を食べて、誰に食べられて、そのためにはどういう空間があって…といった方向に興味が出てきて、そのまま保全のことも含めて今に至っているような感じです。

進行:ありがとうございます。そしてもうお一方がムラノ千恵先生です。ムラノ先生は、リンゴ園をフィールドに研究されています。リンゴ園とは人間が作り出している農地ですけど、そこに生息する動物たちの力を借りながらりんごを育てていく環境を作り、人間と動物が共存しながらうまく生きていく方法を研究されている方です。


弘前大学農学生命科学部助教 ムラノ千恵さん


ムラノ:弘前大学でもうだいぶ長く東先生と一緒に調査なんかをさせていただいています。私はご紹介いただいた通り、一番の興味は野生動物の生態系と人間活動の関わり・接点の部分です。そこをもう少し良いものにしたというのが研究のコアになっていると思います。
私たちは生活をしていかなければいけないし、食べるものも必要だし、必ずその農地という環境が必要になるわけです。でも農地をよく見てみると、私たち人間が自分たちの力だけで食べ物を作り、その農地を管理しているわけではないのです。

例えばリンゴひとつとっても、リンゴの木を植えて、それなりの管理をすれば実るわけではなく、ポリネーターと呼ばれる受粉者である生き物たちが人の目に触れないところで花粉を運んでくれるからこそ結実します。しかもリンゴは植物としてはものすごく弱いので、害虫がつきやすいんです。もちろん人間が薬剤散布もしますが、それでも追いつかない部分は、例えば蚊の幼虫とかをひたすら食べてくれてる小型哺乳類が捕食してくれます。またリンゴの木をかじるハタネズミなんかは、放っておけば指数関数的に増える生き物なんですが、なぜそれが爆発的に増えないかというと、やっぱり私たちの気づかないところでフクロウやそれ以外の大きい猛禽類が四六時中見てくれているわけです。
こういうふうに人間だけではできないことや力のバランスが成り立っているおかげで、リンゴがやっと実ることを、私たちはもっと知らなければいけないと思っています。私たちが、自分たちが生きるために農作物を作ることが生態系のサポートにどれほど支えられているかを何かきちんと理解して示したいと思い、そういった研究を行なっています。

進行:白神山地が人の出入りが制限されて、生態系のバランスが徐々に変化したところからも、人も自然の一部として循環させている存在だったのではないかというような考えのもと、狩野さんとのリサーチではお二人の研究についてもいろいろとお話をお聞きしました。


◾️作家紹介【作品制作の始まりー他者が介入することを想像してー】


進行:ここからは狩野さんのお話も聞いていきたいと思います。そもそもなぜこの狩野さんは、人間以外の動物の存在や視点を入れたような作品をつくられるようになったのでしょうか。制作を始めた経緯をお話していただけますでしょうか。

狩野哲郎さん

狩野:近年は主に立体作品とかインスタレーションを中心にして、彫刻あるいはインスタレーションとしての美しさだったり、バランスを満たすと同時に、主に鳥や虫なんかにとってどういった意味があるかということを含んだような制作に取り組んでいます。
きっかけというのが、僕が元々学生の時は建築だったり都市の設計の勉強をしていたんですね。それでまあまあ真面目に勉強していたんですが、ある時に、建築としての機能を失ってしまったものがどうなっていくのかということが非常に気になりました。具体的には人が住まなくなって家の中にカビが生えたり、雨漏りしたりして廃屋のようになった家や、あるいは家の中だけでなくても都市の中で道路がひび割れたり、排水口が詰まったり、もともと持っているべき機能を果たせなくなった時に、じゃあどうするのかと。全部の家や道路を直してもらうわけにはいかないし…と思った時に、廃屋の中でどこかから来た植物が育っていたりとか、排水口にたまった種が発芽したりする姿が目に入りました。人間にとっては価値機能が失われている状態だけれども、環境が変化したことで他の存在にとって何か価値のある状態に変化したのではないかと感じました。


それで始めたのが、様々な種類の野に生えてる草花の種を自分で集めて、別の場所に持っていって種を蒔いて、芽が出るか出ないか確かめて、という作品です。そうすると、ちょっとその言葉を使うのはおこがましいですけども、野に生えてる草花が環境を変えても生息できるかどうか、評価というか実験をしているような気分になり、同じ手法で作った作品を日本各地のいろんな場所で繰り返し発表してきました。植物に助けてもらって、場所、空間の可能性を知ることができたと思っています。
でも、ある程度繰り返していると、ここはなんとなく育つだろうとか、ここはちょっと無理かなというのがわかるようになってきました。じゃあ、次に何ができるかと考えたときに、自分が蒔いた植物の種に対して、何かを働きかける第3の存在が欲しくなりました。そこで初めてチャボ(小型のニワトリ)を自分の展示室に招き入れてみたところ、種をつついて食べたり、あるいは発芽した芽を食べたりしました。果物なんかも置いておくと、食べた鳥がまた別のところに移動してて、糞をして種子の移動が起こる。そうなると、自分が作品としてよしとしたバランスを崩す存在が現れるということから、現在の自分が作ったものに対して、何者かが何かを働きかけることを想像して作品を作るということが始まりました。


◾️世界をどう認識する?


狩野:動物に関わる立体作品を作るとき、彼らに危害を加えることだけは望んでいないので、動物にとって危険なもの、あるいは見えないものがどういうものなのかというのを知るために、動物園の環境であったり、あるいは狩猟、特に罠について調べ始めるようになり、狩猟免許の罠・網を取得することにしました。優れた罠というのは動物から知覚されづらいものなので、それを裏返したものを作れば動物から良く見えるのではないかと考えました。それは立体なのか標識なのか分からないですが、そういうものが作れるんじゃないかと。白神山地は山そのものもそうですけれども、山で活動していた人々の経験だったり、蓄積してきた知恵のようなものをリサーチしたいなと思って白神覗見考に取り組んでいました。


進行:狩猟はその動物がどういう範囲でどう行動しているのかを知らないと、そもそも罠を仕掛けたりもできないということもあり、狩野さんは自ずと動物の行動学とかそういった分野にも興味の方向が向いていったという経緯があります。現在展示室の中でも興味関心のあるものを垣間見せる資料が展示されています。

展示室4 資料展示風景より


青森県のマップは鳥獣保護区を示した地図になっていて、その下にも資料がいろいろとあります。
狩野さんが持ってきた書籍もありまして、その中にはユクスキュル(1864~1944)の「生物から見た世界」という本が一番上に置いてあります。なかでも狩野さんがすごく関心のある好きなエピソードが載っているそうですね。

展示室4 資料展示風景より


狩野:このユクスキュルという著者は、20世紀初頭、1900年前後に活動をしたエストニア出身のドイツで活動した生物学者で、「生物から見た世界」は初期の動物行動学の礎となった著作です。中にはどのようなことが書いてあるかというと、彼が提唱した概念でドイツ語だと「Umwelt(ウンベルト)」、日本語だと「環世界」と訳されるんですけれども、何か一つの環境があった時に、そこにいる主体が人間・犬や猫など、その環境を使う存在の違いによって世界の見え方が変わるという考えです。

狩野哲郎《一本で複数の木》(2021)
展示会場:ギャラリーまんなか


この本のなかでも好きなエピソードである、1本の柏の木の話があります。1本の柏の木があったとして、例えば木こりにとっては木材のひとつで、自分の売り物としての価値がある。でもカミキリムシの幼虫にとっては食べ物、あるいはフクロウとかリスとかネズミなんかにとっては、穴が寝床になる。あるいは枝をとまり木として使う鳥もいるだろうし、小さい子どもにとっては大きくてなんだか怖いお化けみたいに見える。要するに、見る人によってひとつの物の価値が変わってくるというエピソードです。この話が、自分が行なっている制作(他の動物とか鳥にとってどういった価値があり得ることができるのかという問題)につながっていて、制作のきっかけのひとつになっています。


東:私もユクスキュルの影響を受けたんですが、展示されている本には他にも「ソロモンの指環」がありますね。これはコンラート・ローレンツ(1903-1989)という方の本です。「攻撃」もそうなんです。おそらく高校の理科の教科書に載っているかもしれないんですけど、コンラート・ローレンツとカールソン・フリッシュ(1886-1982)という方とティンバーゲン(1907-1988)、この3人の方が動物行動学を科学にしていく上で非常に大事なお3方で、1973年にノーベル賞をとっています。その先生筋ぐらいの年代に当たるのがユクスキュルとかです。あと、アドルフ・ポルトマン(1897-1982)がいるんですけれども、その辺の方の著書を見ると、わりと何か哲学的なところが多くて。実は日本の生態学もそういうところがあって。もともと生態学はあまり大学に研究室がない分野でして、京都大学の理学部にかろうじてあるぐらい。もう今やご存じないかもしれないですが、少し前だと誰でも知っていた今西錦司(いまにしきんじ)という方がいらっしゃいました。今西先生の考え方っていうのは今西進化論と言われていて、そういう時代の方々は私も憧れた人たちです。

参考:https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009250007_00000


◾️主体が変わると環境の意味が変わる


東:狩野さんがおっしゃられた通り、ものの見え方は生き物によって違う。例えば教科書に載っていますが、蝶は紫外線が見えていると言われています。人間が見ると白い蝶なんだけど、実は蝶の雄と雌とでは、真っ黒と真っ白に見えていると考えられています。

私は魚の研究をやっているときに、生まれたばかりの魚の子の気持ちになろうと思ったことがあります。魚は直径数ミリの卵から生まれて、発生していく過程で目ができます。だから魚の子どもは周りの景色が見えてるはずだと思い、彼らには水の中が果たしてどう見えているんだろうかと考えました。そのときは、餌を食べる行動について研究してたんですが、僕らからすると、例えば0.1ミリのプランクトンなんかほぼ見えませんよね。でも彼ら(魚)にとってはものすごく大きな餌に見えてるはずだから捕食できるはずだと思うと、同じものでも違うように見える。視覚能力の違いはもちろんですが、自分のサイズが変わるだけで多分見え方も変わってくるし、認知の仕方も、怖さも全部変わってくるんだろうという感じがしていて。それに気づいた時に、空間のスケールや時間のスケールなど、いろんなスケールがものの見え方に影響するんだという実感が湧いてきました。


東:もっと言うと、ローレンツなどのヨーロッパの学派は、WHYクエスチョンの視点が強いです。なぜこのような行動を取るのか、それは本能なのか、と。彼らは本能という言葉をすごく大事に使っています。一方でアメリカの方に行くと、動物を使った行動学も心理学の方にシフトしていきます。それは人間の心理学に繋げようという考え方ですね。例えば、オペラント条件付けのスキナーボックスを使ったネズミの実験があります。どういう刺激が来たら、どこを通じて、どういう応答すれば、何がご褒美になるかみたいな。そういう意味で行動を観察すると、同じものも違うように見えるなというのは、動物の行動研究の中で一般的に言われていることではありますが、私の実感としても非常に感じているところです。


進行:情報がその生物によっては全く異なる受け取り方をしているということですが、ムラノさんが普段研究のフィールドにされているリンゴ園でも、いろいろと猛禽類とかフクロウだったりいますよね。そういった動物たちはどうリンゴ園を見ているのかというのは、行動から何か分かるのでしょうか?

ムラノ:その猛禽の種類によって好みが異なり、いろんなパターンがあって、一言でリンゴ園といってもものすごく太い木があるリンゴ園の方が好きという猛禽類もいますし、飛び方によっても、狩りがしやすい=好きなリンゴ園ということもあります。すごく開けた場所が好きだったり、森が好きだったり、それぞれ使いやすい場所があって、同じリンゴを生産する場所だとしても、価値が全然違うふうに見えているのかなと思います。
また、彼らは餌となるネズミがたくさんいるリンゴ園をよく分かっています。猛禽類や鳥類って基本的に紫外線が見えると言われています。特に、大きいネズミを狙うような猛禽類は見えると言われています。ネズミは同じところをよく走る習性があります。怖がりなので、自分が棲家にしているところををさっと出て急いで戻りたいみたいです。その通ったところに、なぜかおしっこをしてしまうんです。そうするとなぜか尿が人の目には見えない紫外線を反射するらしいんですよね。人の目からすると、「何となく濡れてるかな〜」という程度の感覚で見るんだけれども、ネズミを狩りしている猛禽類は、尿が反射する光が見えると言われています。より強く紫外線を反射しているエリアは、ネズミが頻繁に使っていることを理解して、上から狙ってネズミが出てきたらうまく狩りをしていると考えています。
リンゴ園にとってネズミは本当に大敵で、農家さんにとっては困りものです。農家さんたちは自分たちで殺鼠剤を撒いて、ちゃんと駆除してるから大丈夫だと思っていますが、多分人間が駆除している数の10〜100倍近くのネズミたちを猛禽類たちは上からじーっと見て、人間が気づかないうちにとってくれているんだろうなっていつも思います。

進行:ムラノさんも研究のために色々と罠を仕掛ける際も、動物たちがさりげなく残していたサインを辿っているんですよね。

ムラノ:そうなんです。例えばハタネズミは草を食べるんです。普段は穴を掘ってトンネルの中にいるんですが、ご飯を食べるためにはトンネルから外に出て、その周りの草本を食べなければいけない。でもトンネルの外に出たら敵だらけで怖いんですよね。なので葛藤しながらも、何とかいい穴を掘って、草がたくさんあるところまで行ってそこで草を食べたいんです。でも、どうしても穴から遠いところに出るのは怖いから穴の出入り口のすぐそばから食べてしまう。そうすると穴の周りの草が空くんですよね。もうちょっと遠くまで行って、今日はこっち、今日はあそことか食べに出てくれれば、居場所が分かんないのになと思うんですけど、「今まさにこの下にいます!」というサインが、穴の周りに残っている。私たちもそういったネズミの痕跡を頼りに研究用の罠を仕掛けています。


◾️生まれながらにしてもつもの


進行:動物を見てると「なぜ?」という部分がすごく多いのかなと思いますが、今回狩野さんが色々と館内に展示している新作の中にも動物の行動を考えながら作った作品がありまして。それが《魔術的な道》という作品です。まず、この作品タイトルの由来をお聞かせください。

狩野哲郎《魔術的な道》(2024)
撮影:狩野哲郎

狩野:「魔術的な道」という言葉は、先ほど挙げたユクスキュルの著作の中に出てくる言葉で、生き物が生まれながらにして持っている道を見つける能力みたいなものを指した言葉です。例えば渡り鳥が初めて渡りをする時にも、なんとなくその方向やルートのことを知ってるとか、先ほどムラノ先生が紹介してくれたネズミがなじみの道をどうしても通ってしまうこととか。あるいは人間だってここから最寄りのデパートまで行くのに、どの道を通るかというのはその人によって違うけど、なんとなくいつも最短ルートじゃないとしても、この道を通ってしまうことってあると思うんですよね。そういうもの感覚は全ての動物にあると思っていて。
今回、白神山地のリサーチをした時に入山ルートが27に設定されているという話を聞きました。登山届を出せば入ることができるんですけれども、実際、入山ルートと言っても、いわゆる普通の山みたいに整備された看板が立っている分かりやすい道ばかりではなくて、難易度が高いけもの道のようなところが多くて。研究者も山の奥の方に入る時は、山を熟知している方と一緒じゃないと道を見つけられない。草も生え、地面も崩れて、ルートもどんどん変わっていく。そうやって道を見つける能力というのが、現代の人は主にスマホなんかを使うと、能力そのものがスマホに吸い取られていくわけで、そういった道を見つける能力をもう一度取り戻した方がいいんじゃないかという、白神山地の抽象的な地形図みたいな作品になっています。


◾️想像と観察からはじまる世界


進行:東先生とムラノ先生に、動物の世界認知についての現状についても伺ってみたいと思います。動物の行動学は昔の研究からどう変化してきているのでしょうか?

東:元々、縄文時代あるいはそれ以前から狩猟は生きるためにやってきている。狩猟をするためには、漁労もですが、動物の行動が分からないと捕れない、捕まえられないんですね。だから、そういう意味ではすごく歴史が長いです。ただ、それが科学の研究分野として確立するという話になると、だいぶ後の方になります。それこそローレンツが発見した有名なものは、雁やニワトリの赤ちゃんが生まれて最初に目にした動くものを親と認知してついていくという「刷り込み」ですね。

それからティンバーゲンという方は、イトヨという魚の、お腹にある赤い模様が「かぎ刺激」になるとか、セグロカモメのお母さんのくちばしのポイントが刺激になって子が餌をねだるとかですね。

生まれたばかりで誰も教えてくれていない、学習していない行動なのに、なぜ存在するんだろうか。これが先ほどの本能という表現で言われていて、おそらく遺伝子の中に埋め込まれていて、脳のどこかの部分で発現する。それが動物の行動の一つの在り方じゃないか、というのが本能というところですね。大体そういうストーリーで研究をしていくと、いろんなことが見つかるわけです。いろんなことが見つかってきて、学問としては一旦「大体分かったね」みたいな感じになるんです。一旦収束するんですよね。

ところがまたしばらくすると、今度は科学はいろいろな分析の方法ができるので、なおさら違う切り口で研究が進んでいきます。例えば生理学はクエスチョンを解くためにすごく役に立ちました。内分泌のホルモンが、これが出たらこういう反応になって、これが出たらこのホルモンが出てみたいなのが分かってくると、それを行動に反映しますよ。WHYクエスチョンで解けなかった部分がフィードバックしてまた見えてきたり。特定の行動に遺伝子が影響していると分かったら、今度はDNAのどこの部分が発現すると何が起きるんだみたいなのが見えてくると、もう一度昔の古典的な行動の部分に光が当たり、さらに違う切り口で研究してみようという、行ったり来たりするということが一つあります。

また、最近テレビなんかでも出ているのでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、シジュウカラという小さい鳥が言葉をしゃべっていることが話題になりました。もともと鳥の声には意味があるというのは分かっていましたが、鈴木俊貴さんという人が、文法があるのを発見したんですね。
さえずりでこういう声を出したら「縄張りだよ」とかそういうのじゃなくて、「ヘビがいるぞ!」っていう言葉があるんです。ヘビがいるシチュエーションの中にも、「そこにいるよ〜」というのんびりしたバージョンと、もう巣の間際まで来ていて「ヘビがいるぞ!!」という危機迫る場合とで異なる表現があるということを彼は分析したんですね。

参考:https://youtu.be/a-7xz2HlHk4?feature=shared


東:これは単に遺伝子などの科学が進んだからだけではなくて、基本的には観察なんですが、その一方で、分析するツールがたくさん出てきました。簡単にさまざまな声紋などを数値化する技術が出てきて、オーソドックスな声の分析というものの解像度が上がり、それに伴って違うものが見えてくる。技術と科学の進歩が繰り返して起こっている感じはしています。

先ほどムラノさんが話したように、風が吹けば桶屋が儲かるメカニズムが分かると、どこからどこまで直せばこれが戻るんだ、というのが見えることがあるんですね。そういう意味で、メカニズムを詳らかにしていくっていうのは、科学の仕事かなと思っています。でも「自然が残ったらいいよね」と思うのは、人間の情緒的なところにあると思うんです。それと科学が連動するようにこれからなるんではないかなと。僕らの分野は少なくともそうだと思ってやっています。




イベント当日は、トークの後に作品鑑賞のツアーを行いました。
ここでは写真をもとにツアーの様子を紹介します。

屋外展示作品 狩野哲郎《あいまいな地図、明確なテリトリー》(2024)の前に移動して、作品に使用している素材についてお話を聞きながら作品を鑑賞しました。
実際に作品に使用しているマメコバチの巣を観察しました。
ストロー状の葦の中には、リンゴの受粉を手助けする小さな蜂(マメコバチ)の幼虫が入っています。


館内2Fに移動し、トークに登場した作品《魔術的な道》について改めて作家から紹介していただきました。
最後は展示室4に移動し、資料の一部である狩猟道具についてもお話をお聞きしました。



次回の関連プログラムは【佐藤朋⼦×永沢碧⾐ アーティストトーク「向こう側研究会」公開勉強会】を開催!


日時:2024年6月1日(土)14:00-15:30(受付開始13:30)
場所:スタジオB
定員:30名

参加作家の佐藤朋子が会期中を通して取り組むリサーチプロジェクト「向こう側研究会」の公開勉強会を開催します。同じく参加作家であり、山と関わりながら制作を行う永沢碧衣をゲストに招き、佐藤がリサーチの中で抱いた疑問や気づいたことなどを、資料や写真を交えながら、永沢に質問する対談形式のトークです。

★参加申込はこちらから↓


「弘前エクスチェンジ」とは

弘前出⾝あるいは弘前ゆかりのアーティストや、国内外で活躍するアーティストに、この地域 の歴史や伝統⽂化に新たな息吹を吹き込んでもらうことを⽬指して、作品制作や調査研究のほか、地域コミュニティと関わるプロジェクトなどを⾏っています。展⽰による作品発表だけでなく、トークやレクチャー、ワークショップといったさ まざまな参加型プログラムも開催します。「エクスチェンジ=交換」という名前が⽰すように、本プロジェクトはローカル (地域)とグローバル(世界)、つくり⼿と地域の⼈々そして鑑賞者といった異なる視点が交差し、ふれあい、交換される 場を⽣み出すことで、地域の創造的魅⼒を再発⾒することを⽬指します。
2020年の開館時より取り組んでいるプロジェクトです。



【参考URL】
・NHKアーカイブス、「人×物×録」、今西錦司https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009250007_00000
・NHK for School、「紫外線が見えるチョウ」
https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005402578_00000
・ホームメイトリサーチ旅探、ホームメイト用語辞典、動物園用語辞書「刷り込み」https://www.homemate-research-zoo.com/useful/glossary/00158/3655901/#:~:text=%E3%80%8C%E5%88%B7%E3%82%8A%E8%BE%BC%E3%81%BF%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81,%E3%80%8C%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%80%8D%E3%81%A8%E5%91%BC%E3%81%B0%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%80%82
・イトヨの教材映像撮影プロジェクト、「ティンバーゲンの実験 - イトヨの闘争行動を解発する鍵刺激」
https://www.omnh.jp/iso/itoyo/ethol/momo050707ga01b.html
・ナレッジキャピタル、「鈴木 俊貴/受賞者プレゼンテーション World OMOSIROI Award 10th.」、YouTube 2024年4月18日投稿
https://youtu.be/a-7xz2HlHk4?feature=shared




(写真:小杉在良、佐々木蓉子)
(編集・文:宮本ふみ)