【コレクション紹介】小沢剛《帰って来たS.T.》
吹き抜けの展示室に立ち上がる、白い山脈のような巨大な構造物。和紙と針金を使うねぷたの技法を応用し、青森県を囲む海の深さを反転させる形で表現した展示は、地元の人形ねぷた組師の協力を得て完成しました。空間の内部は絵画と映像、音楽で構成され、あらたな作品体験へと鑑賞者を誘います。
作品名の「S.T.」が示すのは、弘前生まれで詩歌、演劇をはじめ幅広い表現活動を展開した寺山修司です。1970年代、寺山が2度にわたりイランの演劇祭で公演を行い、同地の演劇界に大きな影響を与えたことが制作の手がかりになりました。
本作を含む小沢の「帰って来た」シリーズでは、グローバルに活躍した近現代史の人物が選ばれ、その人物ゆかりの土地のクリエイターとともに作品が生み出されます。そこでは他者との協働にともなうコミュニケーションのずれが、作品の解釈を豊かにひらく要素となっています。
本作でも小沢はイランを訪問し、現地のミュージシャンや画家たちとの協働で、寺山とイランの関係性をめぐる作品を制作しました。新型コロナウイルス感染症の流行で海外への渡航が難しくなるなかでリモート指示での映像撮影に切り替えるなど世界情勢の影響を大きく受けつつ、多くの協力者のもと完成に辿り着きました。
8枚組の絵画では、前半で寺山の人生の実際の出来事に基づく情景、後半ではフィクションが織り交ぜられ現代に戻ってくる寺山の姿が描かれます。映像では、2つの土地の風景にイラン式バグパイプと津軽三味線の音色が重なり、弘前の日常が遠く離れたイランと繋がります。
当館では「建築や地域にあわせた新作を作家に依頼して展示し、収蔵する」という流れのもと、この場所ならではのコレクション形成を目指しています。本作も、弘前にゆかりの寺山修司から深い影響をうけ、地域への新たな視点を提示する作品として当館のコレクションとなりました。展示は3月21日(日)まで。ぜひ展覧会場で作品を体感いただけますと幸いです。
◎佐々木蓉子(弘前れんが倉庫美術館・学芸チーム)
[東奥日報「アートの森」2021年2月12日掲載]
小沢剛《帰って来たS.T.》2020年 弘前れんが倉庫美術館蔵
撮影:楠瀬友将